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マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第13回 翻訳を科学する その3-関連語と類語(2005年11月配信)

前回の最後で、現在わたしたちが開発しているソフトDictJuggler(ディクトジャグラー)のご紹介をさせていただきました。さすがに翻訳者(の卵)の皆さんはWindowsをお使いの方が多いようで、私のウェブページからお試しいただいた方はそれほどいらっしゃらなかったようですが(このソフトは残念ながらMacintosh専用なのです)、その後「プレビュー版」を公開したところ、ウェブページへのアクセス件数がロケットのように急上昇しました。公開後の1日分だけで、それまでのひと月分を超えてしまったほどです。

DictJugglerは、簡単に言うとインターネット上の「辞書」を一度にいくつも引いてしまうソフトウェアです。以前このメルマガで、インターネットは翻訳者にとって欠かせない情報源になっているとご説明しましたが、こうした情報源をもっと便利に利用できないかと考えていて、思いついたソフトウェアなのです。

現在翻訳中の本は、あるコンピュータ会社の発展(苦悩)の歴史を描いたノンフィクションですが、この本に、この会社で作られた製品の「コードネーム(code name)」だけを羅列した章があります。コードネームとは製品になって正式な名称が付けられる前に主に社内で利用される名称のことです。たとえば、Windowsの次のバージョンのコードネームは「Longhorn」です。コードネームとしてLonghornが出てきたら、「ロングホーン(米国南西部に住む角の長い肉牛)」などといった具合に訳していかなくてはなりません。日本人の読者には、ロングホーンだけでは今ひとつピンと来ませんから、その意味も説明していきたいところです。ちなみに、Longhornの、製品としての正式名称はWindows Vistaに決まりました。

コードネームばかり羅列した章の翻訳はとても大変でしたが、DictJugglerのお陰で大部効率化ができました。どんな風に効率化できたかご紹介してみましょう。まず、「DictJuggler以前(BEFORE)」の手順をご紹介します。

ある製品にはViceroyというコードネームが付けられていた、と原文に書いてあったとします。ある英和辞典を引くと「副王、総督」などという訳と「米国産のイチモンジチョウの一種」などという訳語が出てきます。製品の形状からして蝶の名前だろうと推測しますが、念のために別の英和辞典も引いてみましょう。そうすると「バイスロイ、米大陸のハデで美しい蝶」などと出ています。そこでViceroyに対して「バイスロイ(米国産の蝶の一種)」といった訳を作ります。念のためYahooの英英辞典でサウンドを再生して発音も確認しておきしょう。

次の製品のコードネームはBullwinkleです。これは普通の辞書には載っていません。仕方がないので、Googleで検索します。Rocky and Bullwinkleなどというページがマッチしますが、ビデオやDVDの宣伝だったりしてどうもピンと来ません。どうやら何かのキャラクターらしいと思いつつ、今度は英語版Wikipediaを引いてみます。するとThe Rocky and Bullwinkle Showというページが表示されて、このキャラクターの説明がズバリ表示されます。そこでBullwinkleは「ブルウィンクル(テレビアニメのキャラクター)」などと訳します。

コードネームは極端な例かもしれませんが、こういった具合に翻訳ではさまざまな資料(最近ではその多くはウェブページ)を見ながら作業を進めなければなりません。上の例だけでも英和辞典2種類にGoogle、Wikipedia、英英辞典と5種類の情報源を行き来しなければなりませんでした。そこでDictJugglerの登場です。DictJugglerでは、こういったサイトをすべて「辞書」としてとらえ、別々のウィンドウに開いておきます。この別々のウィンドウに開いておけるというのが大きなポイントです。

今度は「DictJuggler以後(AFTER)」の手順をご紹介しましょう。パソコンの画面に開いているのは、DictJugglerの5つの辞書ウィンドウと、編集者から渡された原書のファイル(PDFという形式のファイル)です。原書を表示した画面に表示されているViceroyを選択してDictJuggler用に指定したF1キーを押します。すると、すべての「辞書」でviceroyを検索してその結果を5つの別々のウィンドウに表示してくれるのです。単語を一度指定すればよいので、それぞれの検索エンジンや辞書にいちいち入力する必要がありません。また、必要な情報は5つのウィンドウに別々に常に表示されていますので、関係のありそうなウィンドウだけを覗けばよいのです(実際にご覧になれば一目瞭然なので、 http://www.musha.com/dhc/mailmagazine/200511dj.htmlに画像を置きました。閲覧可能な方はご覧ください。DictJugglerの詳細もこちらからどうぞ)。

さて、宣伝はこれくらいにして本題(?)に入りましょう。前回「関連語変換」についてご説明しました。上のDictJugglerの紹介でも見たように翻訳の際にはさまざまな関連情報を参照して訳語を考えていきます。国語辞典に載っている説明や英和辞典に載っている訳語も(言語をまたぐ)関連語と言えなくもありません。DictJugglerは関連情報を探すためのソフトですが、この後は「関連」の意味の範囲をもう少し狭くとらえて、特定の語の「関連語」を提供してくれる道具について考えてみましょう。

いちばん単純に「関連語」を提供してくれるのは「類語辞典」、英語だとthesaurusでしょう。書籍版の類語辞典は、まず索引で単語を探して、その単語の下に書かれている分類記号を手がかりにページを繰ってといった具合に2ステップで関連する単語を調べます。試しに「直截」を引いてみると周囲には「ずばずば、ずけずけ、端的、率直」などといった言葉が並んでいます。それなりに役には立ちそうですが、電子辞書に慣れた身には引くのが大変面倒です。

ウェブでシソーラスを無料で提供してくれるサイト(http://www.gengokk.co.jp/thesaurus/)もあります。コンピュータで処理をしてくれるので、こちらは1ステップで簡単に検索ができます。同じ「直截」を引いてみると、同義語、広義語、狭義語、関連語、反義語と分類が並んでおり、同義語には「直接」「じかに」「ダイレクト」「簡潔明りょう」、狭義語には「じきじきに」「マンツーマン」、関連語として「ぶっつけ」「まともに」「緊密」「あからさま」「手短」などといった単語が並んでいます。便利ですね〜♪ ただし、時々「アクセスが集中しすぎている」とかで閉鎖されているのが玉に瑕ですが。Windows用のソフトもあるので、「そちらを買って」ということなのでしょうか。

私がよく使っているのは『類語玉手箱』です(http://homepage3.nifty.com/hagihori/、これとは別にhttp://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/の「辞書と翻訳の道具」の項にレビューもあります)。翻訳家の方がひとりで30年の歳月をかけて作られたものだそうですが、注文すると生のExcelのファイルの入ったCD-ROMが送られてきます(武舎注:私の会社でマッキントッシュ版の販売を開始しました)。単純なWindows版Excelのファイルですので、自分の思いついた関連語を自由に追加することができます。また検索にはExcelの機能を使います。たとえば、「直截」を検索すると、「率直」と「明白」の下に次のような関連語と共にリストされています。

態度・取り組み方などが率直──堂々と・臆せず・遠慮せず・正面きって・思い切った(発言)・ズバリと(切り込む)・直截(ちょくせつ)な(態度)・歯に衣(きぬ)着せず・直言する・偽らざる気持ちで〜・フランクに・オープンに・てらいなく・虚飾なく・(自分の)地でいく

表現・告白などが明白──明確・的確・歯切れがよい・直截に・ずばりと・単刀直入に・あからさまに・包み隠さず・「しかと(申し渡す)」

『類語玉手箱』の特徴を一言で言えば、「何でもあり」ということでしょう。ある言葉から連想される言葉が、分類など考えずにともかくリストされているのです。考えてみれば、(人間)翻訳の際には語が並んでさえいれば事足ります。使えるか使えないかは自分で判断できますので。

コンピューターが自動的に処理しようとすると、単にリストされているだけではどうしようもありません。関連語のリンクを無差別にたどっていったら、ひろし君のような「茶でもしばいてくるわ」なんて表現が出てきてしまうかもしれません。どういうリンクならたどってもよいのか、次回もう少し考えてみましょう。


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