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続・インタフェースデザインの心理学 スーザン・ワインチェンク著 武舎広幸+武舎るみ+阿部和也訳

訳者あとがき

先日、『重版出来じゅうはんしゅったい』というテレビドラマが最終回を迎えました。このドラマの主人公は柔道でオリンピック代表を狙っていたもののケガで断念し、出版社に就職した女性。入社後、漫画雑誌の編集部に配属され、そこで聞いたのが「重版出来」という言葉です。

同じ部署の編集者、営業など社内の他部署の人々、連載をもつ漫画家や表紙を担当するデザイナー、書店員など、個性豊かな人々とさまざまなやり取りを重ねながら「重版出来」を目指す日々が続きます。

そして最終回。主人公が育ててきた新人漫画家の単行本の「重版」が決まって、メデタシメデタシ。漫画雑誌とコンピュータ関連書籍という違いはあるものの、いろいろと身につまされることも多く、楽しみつつも真剣に見ていました。

出版関係者にとって重版(増刷)は魅力的な言葉です。しかし、全体のパイが縮み続けるにもかかわらず出版点数は増え続けているという現状では、なかなか重版の声は聞かれません。そんななかで、この『続・インタフェースデザインの心理学』(以下「続編」)に先立って2012年夏に出版された『インタフェースデザインの心理学』(以下「正編」)は、既に9度も重版し今も好調に売れ続けている、私たちにはとてもありがたい存在です。

なぜ売れ続けているのか分析してみると、まずなにより「単純におもしろい」という点があげられるでしょう。私たちは最近(意図したわけではないのですが、なぜか)連続してデザイン関連の本を訳させていただいているのですが、デザイナーや開発者の方々が対象なので、どうしても技術的な内容が中心になり、「興味深い」ことは多くても、その上に「気軽に読めて楽しい」と言える本とはなかなか出会えません。

論文の内容に基づく項目が多いので、普通に書くと専門的な用語を使って、技術的な事柄に焦点をおくことになると思うのですが、著者スーザン・ワインチェンクさんの書き方は独特です。内容を噛み砕いて、ストーリー仕立てにしたり、自分のお子さんを引き合いに出したりして、近所の気のいいオバさんが世間話をするかのようにわかりやすく説明してくれます。正編でも、この続編(5章)でも、「ストーリー」の有効性について解説されていますが、それを自分の著書でフルに活用しているのだと思います。

「へ〜、知らなかった〜」「それ、ホント?」と思わず反応したくなってしまうのです。このため、デザイナーだけでなく心理学的な事柄に関心のある人なら誰でも楽しめる本になっています。まあ、逆に言えば、細かい点を省いてしまったり、議論の厳密さに欠けたりといったことも生じてしまうのですが、そういった欠点を補って余りある、読み物としての面白さをもっています。

もうひとつ、読者の方々のレビューを拝見していて目に付いたのが、クライアントなど「ほかの人に説明するときの根拠として使える」というものです。

デザインの評価は「こちらのほうが使いやすい」「こっちのほうが見やすい」と感覚的、直感的になりがちだと思うのですが、「心理学的にこういうことがわかっているから、こちらのほうが見やすい」とか「脳への負担が少ないから、こちらのほうが使いやすい」といったように、根拠を示せるわけです*1

この続編でも、上にあげたような正編の良さをそのまま引き継ぎ、主にその後仕入れた事柄について説明してくれています。比較的新しい情報が多いので、ワインチェンクさんの予測に基づく話題が増えていること、デザイナーを意識した表現が増えていることが少し異なる点だと感じましたが、正編同様、「興味深い」うえに「気軽に読めて楽しい」本になっていると思います。

この「あとがき」を書いている合間にテレビをつけたら、ファッション関連の番組で「ミュラー・リヤー錯視さくし」という錯覚の話題が取り上げられていました。正編の3ページでも登場していた、直線の両端に付ける矢の向きで、同じ長さの直線でも長く見えたり短く見えたりするというものですが、これを応用して、ネックのところにVの字を作ると、すらっとした細身の体型に見えるのだそうです。

こんな風に、心理学的な観点は、これからも身の回りのいろいろな分野で応用されるようになってくるのかなと思わせてくれる出来事でした。

いつものことになりますが、興味深い本の翻訳の機会を与えてくださっているオライリー・ジャパンの皆様に深く感謝をいたします。

2016年7月
訳者代表
マーリンアームズ株式会社 武舎 広幸


[*1] 同じくオライリー・ジャパンからこの本と平行して翻訳をしていた『デザインの伝え方 — 組織の合意を得るコミュニケーション術 という、この目的ズバリの本が出版されていますので、よろしかったらこちらもお読みください。