訳者あとがき
「プレゼンが上手だと思う人を一人あげろ」と言われたら皆さんは誰を思い浮かべますか? 2011年10月に惜しまれながら他界したスティーブ・ジョブズの名前が多くの人の口から出てくるのではないでしょうか。
著者ジェリー・ワイズマンも第17章「スティーブ・ジョブズに学ぶ」でジョブズのプレゼンに触れており、iPadお披露目の際に用いた、画期的新製品にふさわしい肯定的な言葉づかいを、第三者の分析を紹介する形でほめています。
しかし、この章の主題はジョブズのプレゼンの素晴らしさではありません。むしろジョブズのようなプレゼンをする際に気をつけなければいけない点に焦点をあてて、具体的な手法を提案しています。「自社の製品をほめる肯定的な言葉を使うのはよいが、誇大宣伝には気をつけなければならない。しかし、誇大宣伝の回避にばかり気をつかってメッセージが『弱く』なってはいけない。こういった表現を使えば、誇大宣伝を回避しつつ、メッセージ力をあげることができる」と具体的な表現の例を紹介しているのです。
歴代の大統領をはじめとする政財界の著名人だけでなく、スポーツ選手や映画関係者、生まれたばかりの赤ん坊、そしてiPhoneや映画『オズの魔法使い』まで、実にさまざまな人や物を(反面)教師役として、「よいプレゼンとはどのようなものか」を具体的にわかりやすく解説しています。
他人から学ぶという形式を借りてはいますが、ジョブズの例を見てもわかるように、著者の主張は他人の受け売りではなく著者本人の経験、テレビ業界やプレゼンテーションコーチとしての何十年にもおよぶ経験に裏打ちされたものなのです。その主張するところをあえて一文で表せば「『聴衆にとっての意味は何か』を常に意識した『心のこもった』対話をせよ」ということでしょうか。
プレゼンに限らず、日常のあらゆる場面で役に立つ「心のこもった対話」を実現するには? 著者の語りの力を借りながら、皆さんも考えてみてはいかがでしょうか。
2012年10月
武舎るみ 武舎広幸