マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第26回 翻訳を科学する その15 共起と違和感 (2007年8月配信)

前回「オタク度とフォーマル度」のお話で、秋葉原が登場しました。「ここのところ秋葉原には、ほとんど足が向かなくなってしまいました」と書いたのですが、なんとその後すぐ、秋葉原に行ってきてしまいました。

前回の講義の最後にひろし君が言ったように「南斗の件の時計 インターナショナルバージョン」を買いに行ってきた……のではなくて、仕事で亀戸まで行く用事があったのです。亀戸というと亀戸天神が一番有名でしょうか。JR総武線であと3駅ほどいくと千葉県という、東京の東部ですね。私の住む東京都武蔵野市は都心を挟んで反対側。日中はガラガラの総武線各駅停車で40分ほどの距離です。用事が終わったのが午後の4時頃、お昼寝でもしながらのんびり帰ろうと電車に乗りました。ゆったりと腰をかけていると「次は秋葉原、秋葉原」というアナウンスが聞こえるではありませんか。「そういえば、秋葉原を通るではないか。『南斗の件の時計』はともかく、カーナビを見てみよう。ついでに、メルマガのネタ作りにメイド喫茶の『取材』もしてしまおう」と思いついて、下車することにしたのでした。

テレビでは見ていたものの、だいぶ様変わりをしておりました。駅舎は近代的なビルになり、『ALWAYS 三丁目の夕日』的雰囲気を残していたアキハバラデパートはなくなってしまいました。息子をバギーに載せて連れてきて、一緒にお昼を食べた中華料理屋さんも消えてしまったわけです。

駅舎を出ると、メイドさんたちが何人かいて客寄せをしておりました。当面はそちらは無視をしてカーナビを売っていそうなお店を探します。今までは、携帯電話のカーナビ機能を使っていたのですが、画面が小さいし、カーナビ機能が賢くない。目的地に向かっているつもりで走っていたら、じつは逆走していた。それでもカーナビは何にも言わずに目的地までの距離だけを黙々と増やしていた、なんということがありまして、もう少し賢い携帯型のカーナビを物色していたのです。

駅前に一軒、携帯カーナビを並べているお店が見つかりました。数万円から20万円ぐらいまで、様々な製品が並んでいます。ワンセグ対応、DVDも見られるなどというものもありますが、私が欲しいのはシンプルで(≒値段が安く)持ち運び可能なもの。あまり数は多くはなかったのですが、ある米国メーカーの製品がよさそうです。秋葉原らしく値札には斜線が入っているので、店員さんに値段を尋ねると59,800円という微妙な値段が返ってきました。

これを当面の目安として、ほかのお店を見て回りましたが、携帯カーナビが展示されているお店はあと二軒ほどしか見つかりませんでした。最初のお店が一番安かったので「戻って買おうか」とも思ったのですが「帰ってネットでも見てみよう」と思い直し、結局買わずに帰ってきたのでした。

後でネットで見てびっくり。某有名ショップでも売っていたのですが、送料無料とはいえ69,825円という値段が付いておりました。じつは、あるコンテストに入賞してこのショップのギフト券10万円をもらっていたので、値段を見る前はここでの購入にかなり傾いていたのですが、1万円もの開きがあっては躊躇してしまいます。さすがは秋葉原。安さではネットの上をいっているのかもしれません。

オタクの街、秋葉原での出来事はこれくらいにして本題に移りましょう。前回は、ひとつひとつの単語には「オタク度」や「フォーマル度」とでも呼ぶべき属性が付随していて、これが文章が全体としてもつオタク度やフォーマル度とマッチしないと違和感が生じるというお話をしました。今回は「共起」について考えますが、これも気をつけないと違和感の原因となるものです。

オタク度やフォーマル度という言葉と同様、「共起」という言葉も、それほど一般的な言葉ではありませんが、皆さんの中には既にこの意味をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。「翻訳若葉荘」が始まった頃(もう4年も前ですね!)私の講義では翻訳ソフトの活用法をご紹介していました。内容の「オタク度」が徐々に高くなってきたので、別の話題を取り上げることにして、翻訳ソフトに関する話はウェブの「機械翻訳 しっかり入門」というコラムに移行しました。このコラムの第6章で「共起」について紹介しているのです。

詳しくは上のページをご覧いただきたいのですが、「この動詞がこの目的語を取るのは変だ」とか「この名詞をこの意味で修飾するのならばこの形容詞だ」といったように、ふたつ以上の語が同時に使われること、場合によっては同時に使われて特別な意味を表すことを「共起」と呼んでいます。

今回も具体例を見てみましょう。いずれの表現も、オンライン講座の受講生から提出された添削課題にあった表現をもとにしたものですが、解答のヒントになってしまわないように少し変更させていただいています。

(1) 日本人がミスユニバースを受賞した
(2) ○○さんはゴルフとアーチェリーをたしなむ
(3) 人工衛星の打ち上げは国家の威信を輝かすチャンスだ

(1)を読んでも「別段変には感じない」という人もいるでしょうが、「『ミスユニバース』は『受賞』できるのだろうか。『ミス○○』なのだから、人とか地位を表すのではないのだろうか」と思う人もいるでしょう。『ミスユニバースに選ばれる』とか『ミスユニバースのグランプリを受賞』などとすれば、こうした余計な心配はせずにすみます。

(2)の「たしなむ」は微妙ですが、私としてはスポーツ、とくにゴルフとかアーチェリーとか西洋を起源とするスポーツを「たしなむ」という「和」の雰囲気を伴う言葉と同時に使いたくはありません。「ゴルフとかアーチェリーが趣味だ」とすれば違和感はなくなります。場合によっては「ときどきゴルフやアーチェリーに出かけている」などと書いてもよいかもしれません。

(3)については、「威信は輝かないでしょう」とツッコミを入れたくなります。強いて言えば「国家の威信を高める」でしょうか。そもそも国に「威信」などというものがあるのか疑問なのですが、それはまた別の問題なのでここでは不問といたしましょう(政治家が「国家の威信」とか「美しい国」とか言い出すと、ろくなことにならない……)。

前回書いたようにオタク度やフォーマル度を明示した辞書はどこにも売っていません。同様に、「○○は目的語として△△を取るが、××は取らない」などといったように、共起について詳細に記述した辞書も書店では売られていません。共起について調べるのにも、オタク度やフォーマル度と同様、辞書は頼りにできないのです。オタク度とフォーマル度に関する感度を高めるためにおすすめした方法、具体的には「よい文章をたくさん読むこと」「自分の文章を他人に読んでもらって気になる点を指摘してもらうこと」が、共起に関する感度を高めるのにも有効ということになります。

ただし、オタク度やフォーマル度と違い、共起関係の確認には検索エンジンがある程度役に立ちます。共起できるか疑問に思う表現を検索してみればよいのです。一般的な表現だとすれば、恐らく何万というページがマッチするはずです。まったくマッチしないとか、数十件程度しかマッチしないようならば、ちょっと怪しいと思った方がよいかもしれません。これまた前回も書きましたが、ウェブは悪文で溢れていますから、ウェブにあったからといって安心はできないのです。

たとえば、「ゴルフをたしなむ」という表現をGoogleで検索してみましょう。「"ゴルフをたしなむ"」と前後に引用符を付けて検索すると、「ゴルフ」と「たしなむ」が分かれて出てくるページは表示されずに、「ゴルフをたしなむ」と連続して出現するページだけを探してくれます(これを「フレーズ検索」と呼びます)。結果を見ると、82件という微妙な数のページがマッチしますので、これはちょっと怪しそうだということになります。ちなみに、この例の場合、検索結果の一番上に表示される「素朴な疑問 QA492」というページに、この表現そのものに関する議論が載っています。

前にも書きましたが、翻訳では冒険はせずに保守的な選択肢を選んでおくのがよい場合が多いのです。翻訳者はあくまでも黒衣(くろこ)。原著者が冒険をして敢えて違和感のある表現を使ったとしたら、それを違和感のある表現に訳すのはよいでしょうが、原文が普通の文章なのに訳文に違和感を持たれてしまっては原著者に申し訳が立ちません(「申し訳が立ちません」は930件も使われているので大丈夫でしょう!)。

最後になりましたが、前回の「オタク度とフォーマル度」であげた例文のもとになった『海洋大図鑑 — Ocean』が無事出版されましたので、お近くの書店やネットでご覧いただければ幸いです。編集の方から「3人まで翻訳者の名前を載せられます」と言われたので、お手伝いいただいたDHC-オンライン講座の卒業生を代表して正田(まさだ)順子さんのお名前を掲載させていただきました。最初の訳書が出るときは、何とも言えずうれしいもの。受講生の皆さんも、がんばってくださいね。

えっ? 秋葉原と共起する「メイド喫茶」はどうなったかですか? じつは、カーナビ検索に時間を取られて、行けなかったのです。次の講義までにカーナビを買いに行ったら、今度こそ寄ってきますから(中年男ひとりで行くのはちょっと恥ずかしいなあ。だれか一緒に行ってくれないかなあ〜)。


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