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マイクロインタラクション    Dan Saffer著    武舎広幸+武舎るみ訳

訳者あとがき

この本を初めて読んだとき、だいぶ昔に使っていたパソコンのOSのことを思い出しました。ひとつ大嫌いだったことがあります。

パソコン内のフォルダを丸ごと別のフォルダ内にコピーすると、アニメーションとともに「予想残り時間」が表示されるのですが、それがファイル単位で表示されるのです! 1,000個のファイルが入ったフォルダがあるとすると、まずファイルのアイコンがひとつのフォルダから別のフォルダにコピーされているアニメーションとともに「あと1秒です」といったような表示が出て、すぐに消えます。たったひとつのファイルをコピーするのですから、そんなに時間はかかりません。続いて2番目のファイルをコピーするためにも同じようなアニメーションと表示があり、3番目のファイルについても同様で……。これを1,000回繰り返すのです。

こちらが知りたいのは、フォルダ全体をコピーし終わるのにあとどれだけ時間がかかるかです。ファイルひとつひとつのコピーにかかる時間がを表示して、いったい何の意味があるというのでしょうか。

こういった細かいところが好きになれないせいもあって、このOS——Microsoft Windows——は、できるかぎり使わないで済ませていました。私が当時好んで使っていたAppleのMac OSにも文句をつけたくなるところはいくつかありましたが、少なくともこのような「摩訶不思議」としか思えない動作はなかったように思います。この「フォルダのコピー」は特に印象に残っている例ですが、WindowsとMac OSでは細かな使い勝手に対する姿勢が、かなり違っていました。パソコンのOSで圧倒的なシェアを握っていたのはWiondowsでしたが。

この本の著者Dan Safferダン・サファー氏は、こうした細かな使い勝手を左右するパソコンなどの機器とのやりとりをマイクロインタラクションと名づけてくれました。これからはこの呼び名が業界標準として使われることでしょう。「使い勝手にかかわる細かい作り込み」などといった長い説明の語句は不要になったのです。この意味で氏の業績は大きいと言えるでしょう。

Windows 95の発売から約20年もの月日が流れ、モバイル機器全盛の時代になりました。仕事で使う道具なら我慢して使う人も多いでしょうが、自分がお金を出して買い求めいつも持ち歩く道具なら、マイクロインタラクションはとても大事です。細部まで大切にする日本人にとっては特に。

あえて言えば、「マイクロインタラクションに対する姿勢の違い」が、今のアップルとマイクロソフトの勢いの差を生んでいるのではないかとさえ思うのです (もっともここのところのアップルの勢いが今後も続くという保証はないわけで、マイクロインタラクション以前の問題を放ったままリリースされた「マップ」アプリの騒動などを見ると、「ちょっと危ういかも」と思わずにいられないところですが)。


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我々翻訳者の作業もある意味ではマイクロインタラクションの連続です。原文の単語や表現に対してどのような訳をあてるか。あれがいいか、これがいいか。この図は原文の図を流用すべきか、時間を取られてもアカウントを取得して同じような状況を再現し、日本語が表示されている図を撮るべきか。それよりは少しでも早く出版することを優先すべきか……。いつもいつもあれこれ頭を悩ませているのです。

しかしこの作業はやりがいのある楽しい作業でもあります。数千人(うまくすれば数万人?)の皆さんに、心地よい時をプレゼントできるチャンスでもあるのですから。

そんなマイクロインタラクションの機会を与えてくださるオライリー・ジャパンの皆様、いつもありがとうございます。

2014年2月
マーリンアームズ株式会社 武舎広幸
武舎るみ