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詳解 iOS SDK    Matt Neuburg著    武舎広幸+阿部和也+河村政雄+上西昌弘+福地太郎訳

訳者あとがき

この『詳解iOS SDK』の基礎編とでもいうべき『入門iOS SDK』の「訳者まえがき」にも書きましたが、この本の翻訳を開始したのはiOS 5のときでした。私たちが2009年に翻訳して出版された『iPhone SDK アプリケーション開発ガイド』はまだ売れ続けていましたが、出版から3年以上も経過しており、新しい内容を反映したiOSプログラミングの本を探していたのです。

原著をザッと読んでみたところしっかりした内容のようでしたし、ネットの評判も悪くありません。著者のバックグラウンドも気に入って、「この本ならば訳す価値がありそうだし、長い間読んでもらえそうだ」と思って翻訳を開始しました。

訳者という立場から見て英語の本は2種類に大別できるようです――原著の構文に沿って訳せばある程度意味が通じる本と、構文に頼って訳すとほとんど意味不明になってしまう本です。前者はある意味「訳しやすい本」とも言えます。訳すときに構文を頼りに日本語にしていけば、大雑把に見てまあまあ意味の通じる日本語になるわけで、見直しは当然必要ですが精神的にはずいぶん楽な気分で初期段階の翻訳を始められます。それに対して後者は、精神を集中して著者が何を言わんとしているかをしっかりと汲み取りながら日本語にしていかないと、まったく訳すことができません。構文を頼りに単に「翻訳」しても、意味不明の文章になってしまいます。

プログラミング関連の本など、多くの技術書はこの意味で「訳しやすい」本であることが多いのですが、この本はとても訳しにくい本でした。最初の予想をはるかに超えて訳しにくい本でした。「数々の有名大学で古代ギリシャ・ローマの言語と文学と文化」を教えていたという著者の駆使する表現法は、ときとして難解な小説をも超えるようなものでした。その上プログラミングの本ですから、技術的な内容の確認も行わなければなりません。

訳しにくい本である上に1,000ページにもおよぶ大著でしたから、翻訳を開始したもののなかなか終わりが見えません。その間に原著の新版が登場し更新部分を訳し直さなければならなくなりました。さらに間の悪いことにiOSのGUIが大幅に変わるという事態も起こりました。さすがにGUIが一変してしまっては古いバージョンをベースにするわけにいきません。オライリー・ジャパンの方には「二分冊にして、基本部分と応用部分に分けて出版しましょうよ」とお願いしたのですが、首を縦に振ってくれませんでした。

この本との戦いに疲れてきた私は、iOSのバージョンアップに伴う原著の更新の期間を利用して、『説得とヤル気の科学』と『マイクロインタラクション』(いずれもオライリー・ジャパン刊)という、ページ数は少ないけれど面白い視点をもった2冊の翻訳を並行させることにして(「逃避して」かもしれませんが)、英気を養うことにしました。

そうこうしているうちに、原著者の「まえがき」にあるように、「気はやさしくて力持ち」の巨人のおかげで、原著が2冊に分かれることになりました。「神は我を見捨てず」。訳書もめでたく2分冊にでき、第1巻とでも言うべき『入門iOS SDK』を2014年の6月に出版することができました。

ホッとしたのもつかの間、多くの方がご存じのとおり、なんとiOSアプリ開発用の新しいプログラミング言語SwiftがAppleから発表されました。この時期にObjective-C言語について書かれたこの続編を出す意味はあるのかとも思ったのですが、まだまだSwiftは成長過程ですし、Objective-Cもアプリ開発の実践で使われ続けています。そしてその状況はしばらくは変わらないでしょう。ということで、この『詳解iOS SDK』も予定どおり出版が決まりました。「振り出しに戻る」や「1回休み」がいくつもある、なかなか前に進めない双六のような長い道のりでしたが、なんとか「上がり」まで到達することができました。

この2冊を簡潔に描写するとすれば「ていねいに書かれた本」ということになるでしょうか。ちまたにあふれるiPhoneやAndroidに関する本やウェブページの解説の多くは、画像をふんだんに使って、アニメ文化に慣れ親しんだ日本の読者にわかりやすい説明を提供してくれます。しかし、この本の内容を同じ手法を用いて書いたとすれば、ページ数が3倍ぐらいに膨れ上がるのではないかと思います。画像がもつわかりやすさも魅力ですが、言葉によるていねいな説明も負けず劣らず重要です。そしてそれを理解できる力をもつことは、優れた技術者には欠かせない資質でしょう。言葉による説明の大切さを教えてくれる本だとも言えると思います。

最後になりますが、あしかけ3年もかかってしまったこの本の翻訳の完成を支えてくださった編集者の宮川直樹さんをはじめとする株式会社オライリー・ジャパンの方々、編集・DTP作業をお手伝いいただいた株式会社トップスタジオの方々、細かな質問に快く答えてくださった原著者のマット・ニューバーグさん、そしてこの本を手にとってお読みいただいている読者の皆さんに深く感謝して結びの言葉とさせていただきます。長い間ありがとうございました。

2014年11月
訳者代表 マーリンアームズ株式会社 武舎広幸