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マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第18回  翻訳を科学する その8 句読点を科学する その4(2006年7月7日配信)

翻訳を科学する その8 句読点を科学する その4

今日は七夕です。もっとも、私が生まれ育った地方を含め、多くの地域では七夕とお盆は月遅れでやってきますので、いまひとつピンと来ない方も多いでしょう。私の田舎の空にいる織り姫と彦星は毎年のように再会が果たせるのに、都会の空にいる織り姫と彦星はなかなか会えずに、次の七夕まで「モヤッと」した日々を過ごさなければなりません。旧暦で祝えば、「スッキリ」と梅雨が明けたころになりますから、会える確率がずっと高くなるのに……。お盆も旧暦なら、まん丸のお月さんに照らされて、イケメンの彼氏や可憐な彼女の姿がなおいっそう映える盆踊りとなるのでしょう。ちょっと調べてみて驚いたのですが、なんと県単位で旧暦盆の廃止が勧告されたところもあるのだそうです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%9B%86)。韓国や中国では、旧正月をはじめとして太陰暦を基準にした行事がしっかり残っていますが、日本のお役人の方々は「西洋に習うのに妨げになる旧式の悪習は廃止してしまえ」とばかりに文化的背景を無視して突っ走っていたのでしょうか。

梅雨の真ん中にデートの日を設定されてしまった織り姫、彦星もかわいそうですが、そもそも都会では夜の空が明るすぎて、七夕の雰囲気が出ません。それでも冬なら空気が澄んでいるので、私の家からも夜のオリオン座はよく見えますが、夏の夜空に横たわる天の川は東京では見た記憶がありません。そんなせいもあるのでしょうか、家庭用のプラネタリウムがけっこう売れているそうです(http://www.megastar-net.com/)。

さて、「星」と言えば、「星占い」を思い浮かべる方も多いでしょう。もやはブームの段階は終わり、完全に定着してしまった感があります。うちのカミさんと息子も大好きで、毎朝某民放テレビの星占いを見ては「今日のラッキーアイテムは『大きな交差点』だから渋谷に行こう」とか「かに座は『連絡の行き違いに注意』だって」などと私にアドバイスをしたりしてくれております。

ほとんど毎朝つきあわされている私は「どうせ、1時間もすれば忘れちゃうくせに」などと斜に構えつつ、何となく見る日々を送っておりました。ところが、ある日その星占いの番組に若葉荘での講義のネタを発見したのであります。どんなネタを見つけたのか、ある日の占いの一部をご覧に入れますので、想像してみてください。

2 さそり座
何事にも積極的に挑戦。
良い経験が出来るはず。

3 てんびん座
隠れていた才能が開花。
浮かんだ名案にTRY

4 みずがめ座
光るセンスに周囲が注目。
個性をアピールしてOK

5 おうし座
作業の効率が大幅にUP
一気に片付けるチャンス。

数字の2、3、4、5はその日の順位です。ここに並んでいる星座の人はこの日は比較的ラッキーな日を送れたハズというわけです。さて、私が注目したのはどこでしょうか? 「星座の名前がひらがなになっている」というのは、今こうして書き写してみて気がつきました。牡羊座、蠍座などと書いては、読めない人もいるでしょう。ここはやさしくひらがなでとういつしたようです。わたしが注目したのは(本日の講義の題名からして当然ですが)句読点についてです。まだお気づきでない方は、もう一度その周囲をよくご覧ください。

この占いを作る人は大変です。すべての星座について、毎日もっともらしい2つか3つの文を用意して、しかもそれぞれの文をまったく同じ幅になるように書かなければなりません。テレビの画面をご覧いただければ一目瞭然なのですが、占いの文句の各行は左右がきちんと揃うようになっているのです。ひとりで担当しているとすれば、占いの才能のほかに文才がなければできない仕事です。おそらくは、占星術師の方と専門の(コピー)ライターの方がペアで担当なさっていらっしゃるのでしょう。

私が注目したのは、UP、OK、TRYのところです。なぜか英単語で終わっている文については「。」がありません。このほかの占い文を見てもそうなのですが、どうやら英単語のあとに「。」が続くのを避けていらっしゃるようです。ここを「大幅にUP。」「名案にTRY。」とするか、「大幅にUP.」「名案にTRY.」とするか、「大幅にUP!」「名案にTRY!」とするか、それとも英語は半角にして「大幅にUP」「名案にTRY」とするか、いろいろ悩んで現在の形式になったのでしょう。

「!」をいつも付けていたのでは1文字無駄になってしまいますし、ほかの文にも「!」を付けないと揃わなくなりますので、却下。半角文字を使うと、前回の講義で見た「マス目」を考えると偶数の文字から成る英単語しか使えなくなりますのでこれも却下。英単語のあとに「。」が続くのは美しくないと思ったのかどうかはわかりませんが、いずれにしてもこれも却下。最終的に「大幅にUP」「名案にTRY」と「。」を取ってしまうということに落ち着いたようです。

普段何気なく見ている(読んでいる)ものでも、創作する側から見るといろいろな選択が行われているのですね。翻訳のときも選択の連続です。どう訳せば、原文の世界をもっとも忠実に再現できるか、作者の意図をしっかりと読み取って翻訳しなければなりません。どう書けば違和感なく伝わるのか。どう書けば美しく見えるのか。「辞書に載っているから」とか「他の人がそうしているから」というだけでは、その選択が「正しい」ことの証明にはなりません。そこで、思考を停止してしまわないで、自分の頭で理由を考えてみてください。原文でなぜその表現が選ばれているのかを考えることによって、見えてくるものがあるはずです。そのプロセスを経て、皆さんの実力は確実にアップしていくのです。

今日の蟹座は11位。「衝動買いをして金欠気味。無駄を省いて節約しよう。」と出ていますので、講義のあとはさっさと家に帰ることにいたしましょう。それでは皆さん、また次回。


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